『SAMURAI ROCK ORCHESTRA』
2027年 NEW CAST募集
SRO主宰・池谷直樹 第1話
池谷直樹がアスリート・パフォーマーの
『セカンドキャリア』をつくる理由

池谷 直樹
(サムライ・ロック・オーケストラ主宰)
Naoki Iketani
テレビでは、モンスターボックスを跳ぶ。
その裏では、パチンコ店でアルバイトをする。
これは、サムライ・ロック・オーケストラ(SRO)代表・池谷直樹さんの若き日の姿です。
華やかなスポーツやエンターテインメントの世界にいる人ほど、その裏側にある生活は見えにくいものです。
アルバイトを掛け持ちしながら、オーディションを受け続ける。
仕事が決まっても、その次の出演が保証されているわけではない。
収入は月によって変わり、将来の見通しも立ちにくい。
そして、競技やパフォーマンスに打ち込んできた人ほど、社会人としてのキャリアを一から考えなければならないこともあります。
池谷直樹さんがSROを立ち上げた背景には、自分自身がその現実の中を歩いてきた経験があります。
だから今、つくろうとしているのは、ただ「舞台に出演できる場所」ではありません。
アスリートやパフォーマーが、自分の技術を諦めることなく、生活も成り立たせながら働き続けられる場所です。

オリンピックを目指した。でも、届かなかった
池谷直樹さんは幼い頃から体操を続け、日本体育大学へ進学。
ナショナル選手として日本の上位に入りながら、アトランタオリンピック最終予選では個人総合10位。
代表には届きませんでした。
「あと3人抜けなかった。」
競技を続ければ、必ず夢が叶うわけではありません。
どれだけ練習しても、結果が届かないことがあります。
そしてアスリートには、いつか競技を終える日が訪れます。
池谷直樹さんも体操を引退し、芸能の世界へ入りました。
しかし、そこですぐに仕事が安定したわけではありませんでした。

テレビに出ながら
生活の中心は
パチンコ店のアルバイト
25歳頃からテレビに出始めた池谷直樹さん。
当時、『スポーツマンNo.1決定戦』にも関わり、出演者たちにモンスターボックスを指導していました。
ところが本人はこう振り返ります。
「ほとんど仕事はなくて、メインはパチンコ屋さんでアルバイトしていました。」
テレビの中ではスポーツのプロフェッショナル。
でも、テレビを離れればアルバイトをして生活する。
そんな時代がありました。
転機となったのは、モンスターボックスへの自身の出場です。
初出場で総合優勝。その後、23段、3m6cmという高さを跳び、一気に仕事が増えていきました。
ようやく「池谷幸雄の弟」ではなく、「池谷直樹」として名前が知られるようになります。
しかし、それで将来のすべてが保証されたわけではありません。

パフォーマーは
次の仕事が決まっているとは限らない
その後、池谷直樹さんは『マッスルミュージカル』で長く活動します。
身体能力そのものがエンターテインメントになる。
自分たちが何年も磨いてきた技術で観客を喜ばせる。
池谷直樹さんにとって、そこは大きな可能性を感じる場所でした。
しかし2011年、マッスルミュージカルはなくなります。
どれだけ高い技術があっても。
どれだけ人気の舞台に出演していても。
その場所自体がなくなれば、仕事もなくなる。
池谷直樹さん自身が、パフォーマーとしてその現実に直面しました。
だからこそ思ったのです。
「こういうものは、日本に必要だ。」
誰かがつくってくれるのを待つのではなく、自分でつくろう。
そこからSROにつながっていきました。

バク転や宙返りで
ご飯を食べていける
場所をつくりたい
池谷直樹さんが実現したかったことは、最初から明確でした。
アスリートのセカンドキャリアの場所をつくること。
「アスリートたちが、バク転や宙返りをして、それでご飯を食べていける場所をつくりたい。」
体操、新体操、トランポリン、チア、アクロバット。
選手たちは、一つの技を身につけるために何百回、何千回と練習します。
しかし、競技を引退した途端、それまで磨いてきた能力を生かせる仕事が十分にあるとは限りません。
池谷直樹さんは、そこに大きな課題を感じています。

「体育館にいる時間」を仕事に変える
池谷直樹さんがよく語る言葉があります。
アスリートは、学生時代から体育館にいる時間が長い。
同世代が放課後にアルバイトをしている時間も、彼らは練習しています。
「今、所属している子たちも、体育館にいる時間はいくらでもいられるんですよ。でも、それだけではお金にならない。」
けれど、その体育館で積み重ねた時間には価値があります。
高く跳べる。
美しく回れる。
人を持ち上げられる。
身体一つで観客を驚かせられる。
何年、何十年とかけて身につけた技術です。
だったら、それを舞台やイベントで披露し、
「体育館で積み重ねてきた時間がお金になる仕組み」をつくればいい。
それが、池谷直樹さんがSROで目指していることです。

SROでつくりたい
「新しい働き方」
ただし、舞台に出演できるだけでは十分ではありません。
公演がある月だけ収入があり、公演がなければアルバイトを探す。
次のオーディションに受からなければ仕事がない。
それでは、池谷直樹さん自身が経験してきた不安定さを次の世代も繰り返すことになります。
だからSROが目指すのは、「パフォーマーであること」と「安定して働くこと」を両立できる環境です。
たとえば、フィットネス関連の仕事などを通じて安定した収入を得ながら、専門的なトレーニングを続ける。公演やイベントでは、自分が競技人生で培ってきた技術をパフォーマンスとして発揮する。そして仲間とともに新しい技や表現を身につけ、社会保障のある雇用の中で将来のキャリアも築いていく。
目指しているのは、
「夢を追うか、安定を取るか」
という二者択一ではありません。
夢を追い続けるために、働き方そのものを変えることです。

「競技をやめたら終わり」にしたくない
池谷直樹さん自身、オリンピックには出場できませんでした。
しかし、そこで体操人生が無駄になったわけではありません。
体操で培った身体能力がモンスターボックスにつながり、テレビにつながり、舞台につながり、現在のSROにつながりました。
本人が23段を跳ぶ直前に感じたという、
「俺、このために体操やってきたんかな」
という言葉は、その象徴なのかもしれません。
競技時代には、その努力が将来何につながるのか分からない。
それでも、積み重ねたものは別の場所で価値になることがあります。
だから、競技を引退したアスリートにも、まだ先がある。
パフォーマーにも、その先の人生がある。

あなたが体育館で
過ごしてきた
時間には、価値がある
池谷直樹さんがSROでつくりたいのは、単なる就職先ではありません。
何年も体育館で積み重ねてきた技術を捨てなくていい場所。
生活のためだけに、好きだった競技から完全に離れなくてもいい働き方。
トレーニングを続けながら働き、舞台に立ち、観客から拍手をもらい、さらに次の技術を身につけていける環境です。
安定した収入。
専門的なトレーニングと育成。
公演・イベントへの出演。
仲間と成長できる環境。
そして、社会保障のある雇用。
池谷直樹さん自身が、競技を終え、アルバイトをし、仕事のない時期を経験し、パフォーマーとして活動する場所がなくなる経験までしてきたからこそ、つくりたい未来があります。
それは、
「好きなことを続けたいなら、不安定な生活を受け入れるしかない」
という常識を変えること。
「自分の演技を見せたい」
そのプライドを捨てずに、生きていける場所をつくること。
体育館で何時間も、何年も、何十年も積み重ねてきたものが、舞台になり、仕事になり、お客様の笑顔につながっていく。
競技人生の終わりを、キャリアの終わりにしない。
それが、池谷直樹さんがSROでアスリート・パフォーマーのセカンドキャリアを支える理由です。